エジプトのテーペン古墳の壁画の一つ、紀元前に描かれたものの中に動物皮を鞣している絵が残されています。
衣服がない人類は体温37℃を保持するために、皮を利用しようと思いました。植物繊維の利用を考える前のお話。
人類は、問題解決のためにまずは皮の防腐と柔軟化を考えました。
そこから私たちの手元にある革に行き着くまでの、長い道のりが始まります。
イタリアではコンチェリア、日本ではタンナーと呼ばれている場所があります。
革でモノ作りしている人や革に興味がある人が知っているくらいでしょうか。
そこは動物たちの生の「皮」をLeatherの「革」に変える場所。その作業を鞣し(なめし)と言います。革を柔らかくすると書いて「鞣し」です。
少し小難しい話となりますが、鞣しが与える効果として「耐熱性の付与(熱に強くなる)」「耐薬品性の付与(酸や塩基による変化しにくい)」「保存性の付与(腐らない)」があります。
簡単にいうと「皮」を誰にでも日常的に使い易いように変化させること。過去の人類が積み重ねた知識を集積して出来た技術。
それが「革」にするということ。
財布や靴やバッグ、どこかしらに革をつかっているものを持っているかと思います。そのすべてがコンチェリア(タンナー)を経て手元に届いているのです。
イタリア フィレンツェから電車で40分。そこから車を走らせ、トリュフの有名なマチを横目に30分ほど車を走らせたところにそのコンチェリアはありました。
日本にあるコンチェリア(タンナー)の二大拠点は、関東だと東京の八広という場所、関西だと兵庫県の姫路となります。
特徴として歴史的理由もありますが、排水や製造工程から発せられる匂いのため住宅地と一線を引くように離れた場所に存在します。「鞣し」は水を多く消費・排出するため水源の確保が必須条件であるため河川の近くに設けてあります。その条件を満たす限られた場所に業務効率化のためコンチェリア(タンナー)は密集していることがほとんどです。それが日本の東西10社ほど見て回ったコンチェリア(タンナー)のイメージ。
ところが今回伺わせていただいたコンチェリアは住宅街の中に何の変哲もなく構えていました。鞣しをする工場なので日本的工場と大差ないと先入観を持って訪れたのに、予想を見事に裏切り地域に無理なく溶け込んでいるのでした。
タンナー独特の匂いもせず、工場らしい機械音もしていません。知っていたどのコンチェリアよりも牧歌的で生活感があり、温もりを伝える質を持ったような建物でした。
招かれて中に入ると、見知っているコンチェリアがそこに在りました。
鞣し作業にかかせないタル、コンチェリア道具の代表です。かなり古いものに見えたので、タル齢を伺うとそれは80年以上使われているとのことでした。
コンチェリアであった出来事をすべてを知っている長老のようなタルでした。少し偉そうなくらい
このコンチェリアは社長さんと義理の息子さんと職人さんがあと一人いらっしゃり、すべての仕事は3人でおこなわれていました。
社長さんは作業はほとんどしていないそうなので、実質は2人で革作りをしているそうです。
息子さんはリネアペッレが終わって、まだ忙しい最中なのに前日にアポを取るような不作法の自分たちを温かく迎えてくれました。
一通りの挨拶が終わり、コンチェリア内で革が出来るまでの物語を一工程ずつ説明をつけながら案内してくれることとなりました。
せっかくの説明を閉じ込めておくのはもったいないし、得た知識を書き込んでおかないともったいないので早歩きで紹介いたします。
フランスから仕入れた原皮。日本と違い半裁(牛の半分の革。背で裁断し広げたもの)でなく、ベリーやネック・ヘッド(脚や首・頭側のあまり革としては良くない部分)を落とした尻側と肩側を割ったものを使ってました。よい部分のみを革にしようとする考えと思ってます。もしかしたら食肉にする工程上の都合ということかも知れませんが。
まだ毛がついています。(ちなみに牛皮です)
毛付きの革を石灰やアンモニアなどのアルカリ性水溶液に漬けて、汚れを取ったり毛を溶かしたりまたタンニン材(鞣し材)を吸収しやすくする準備をします。
2日ほど放置したら、水溶液を抜き水洗いや中和作業をします。
タルは洗濯機のようにぐるぐる回し、中をかき混ぜ溶液を皮に浸透させたり、皮の状態を均一にします。
1961年より製造方法はずっと同じだそうです。便利なものや使いやすい薬品が市場に出回っているけど、これが最善という製法を守り続けること。また時間の洗礼を受けて結果の出ているものを選択してるとのことでした。
すべては良い品質をつくるために。
それが、自分たちや他の人や地域や国や環境のためにもなると。
すべてが繋がっています。
タルに鞣し剤を入れ回転させて皮を鞣します。
「タンニン鞣し」とは、タンニン(植物の渋)とコラーゲン(タンパク質)を結合させて安定化させること。
これが「皮」から「革」にする作業のメイン作業です。
タンニン剤にはミモザやケブラチョ、チェストナットが主に使われています。どれも樹木でありその樹皮や幹を粉末にし抽出したものを使っています。
鞣しがおわったら、次は革の色を染める作業です。
こちらは染めがひと段落した革。
湯気が立つくらい温かくなってます。温度を調整し、染めに最適な温度を保つ機能がタルには付いています。
こちらは余分な染料を抜く作業。
圧力をかけて革を絞ります。その後の工程である加脂がしやすいような革の状態にする効果もあるそうです。
こちらは革のしなやかさや固さや張りを左右する脂です。
牛脂を主成分にしているそうです。日本ではタラの油なども使われています。姫路革は菜種油をつかっています。
コンチェリアが作る皮革の特性が出る大切な配合。
ここのコンチェリアの凄いところ。
全ての工程を余すことなく見せてくれることも驚くのですが、全工程で触らせてもらったり匂いをかがせてもらったりしています。
企業秘密にも繋がるようなことなのに、すべて包み隠さず公開してくれます。
そんなところに自分たちの仕事の誇りを感じさせてくれます。どうだ!すごいだろうと自信を触らせてもらっている気になります。
タルの中にはダボという突起が付いてます。
そのおかげで内容物がかき回され、均一に浸透させることができます。
また中でバタバタとかき回されることにより、革を柔らかくする効果や自然なシボ(革の表面にあるシワ)をつくる効果もあります。
鞣し・染め・加脂作業が終わるとパレットに革を銀面(革の表面)が傷つかないように注意を払いながら積みかねていきます。
一枚一枚がかなりの重量があるので、ここは二人がかり。
同じものが一つとない革。一枚ずつ様子を確認しながら注意深く重ねていきます。
パレットに積んだ革をフォークリフトに載せて2階に運びます。
湿った革を乾燥させるために。
写真だけですとわかりにくいのですが、コンチェリア内がとても効率よく出来ていてどの工程も無駄な動きがありません。
伝統的な木製の道具やレンガ造りから、能率優先と思っていなかったのですがむしろ伝統的だからこそ作業が洗練されていることに気づかされます。
こちらは2階です。建物横についている無骨なレンガの階段を登ってきました。
2階は風が通り、とても気持ちのよい空間です。ベランダにはレモンの鉢がたくさん置いてあります。高い建物が周りにないせいか見晴らしも良いです。
とても素敵な空間。イタリアは日本に比べ乾燥しているので、乾いた風がスルリと抜けるそんな感覚があります。
1階から2階に上げた革を、一枚一枚伸ばすことなく自然にフックに引っかけて干していきます。
格子上に手の届く高さで張られた材木に指を軽く曲げたような鋭利なフックが並んでいます。
時期や風の具合で干す間隔を調整し、2~3日で乾ききるようにコントロールするそうです。(冬場には暖房をつけたりもするとのこと)
日本的伸ばしながらおこなう乾燥作業と比べると手間がかからず簡略化されています。(日本は牛革を半分にした大きさもあるため、シワにならないように強力な洗濯バサミのようなもので引っ張りながら干します)
光に照らされた革。すでに十分な魅力を引き出されています。
コンチェリアのすごさを感じないわけにはいきません。このあと仕上げの作業になるそうです。
自分には短く感じた時間も時計を見ると3時間近いものでした。
コンチェリア内の目に映るものすべてが新鮮、鮮烈に感じ、時間がぎゅっと凝縮されていました。知っていることの狭さや持っていた少しの偏見も払拭でき、新しい自身の課題も見えてきました。
国際レベルのコンチェリアの力。イタリア革の凄さ。見て触って使ってもらいたくなります。
写真は、コンチェリアの社長さん、tanakaさん、simo-neさんです。
やっと落ち着いてお話できます。
91歳の社長さんは、見学中に何度も何度も話しかけて下さり、終始笑顔が絶えませんでした。イタリア語でわからずすいません。
simo-neさんは冗談をはさみつつ、忙しい中でもすべての作業を説明し見せてくれました。
会話を楽しんでいる途中に、こんな質問を挟んでみました。
「失礼かもしれませんが、このお仕事好きですか?」
へんな質問かもしれませんが、どうしても聞きたくなってしまいます。これから革をお願いすることになるかもしれませんので。
すると即答で
「18歳からこの仕事をしているんだよ。嫌いだったらできないさ。この仕事は大好きだし、自分の誇りだよ。」(社長さん)
「好きでしているに決まってるじゃないか。好きじゃない仕事は選ばないよ。もうすぐ息子も生まれるし、もっと頑張るけどね。」(simo-neさん)
自分はそんな人が作った革を使いたいと心から感じました。もちろん品質が良いから、それだけでも十分なのですが、そこに気持ちがしっかり詰まっているんです。
良いものが出来るに決まっています。
どんなにモノが良くても、それだけで魅力が十分かと言えば自分はそうとは思えません。
関わる人がどんな思いで、どんな物語の中でそのモノを作っているのかが重要と思うのです。すぐ見える外的な要素より、見えにくいまた見えないものがむしろ重要かなと。
それは五感を通して感じてみないとわからないから、自分は直接会いに行くのだと思いました。
いろんな出会いはお互いの時間を差し出して実りあるものにしたいと願い、それが時を超えて思わぬカタチに姿を変え見るまたは感じることが出来るとき、大きな喜びになるのです。
だからいろんな種を撒き続けたい。そう思って行動しています。
会えて一緒の時間を共有できて本当に良かったです。
コンチェリアの皆さまにはお時間やお手間をかけていただき感謝が尽きません。
直接、直前にアポを取るような不躾なものでしたのに快く受け入れてくださいました。
また全然イタリア語を喋れない自分たちをフォローしていただきましたtanakaさんにもとても感謝です。tanakaさんのお話はまだまだ続きます。
この出会いの気持ちをこれからの行動で返していけたらなと思います。
イタリアのコンチェリアの凄さを学ばせていただいた時間でした。
ありがとうございます。